第7章 テンソル場と微分形式
「積分できるもの」の正体
微積分で ∫fdx、∫F⋅dr、∬F⋅dS と積分してきました。曲がった多様体の上で
積分をやり直すには、「積分される対象」の正体を突き止める必要があります。答えは——微分形式。dx, dx∧dy の
ような、座標変換のもとで正しく振る舞い、向きを込みで測る量です。
微分形式は、より広いテンソルの一種です。テンソルは「多重線形な量」——線形代数の双対空間・多重線形性を
多様体の各点に貼り付けたもの。物理の応力・慣性・曲率もテンソルです。そのうち交代的(反対称)なテンソルが
微分形式で、線形代数の行列式(交代多重線形)の精神を受け継ぎます。ウェッジ積 ∧ で階数を
上げていくこの外積代数が、次章の外微分 d、そしてストークスの定理の舞台になります。「積分できるもの」の
代数を、この章で組み立てます。
微分形式 = 交代的な(反対称の)テンソル場。dxi をウェッジ積 ∧ でつないだもの。多様体の上で積分できる量。
テンソル場
まず、一般のテンソルを定義します。接ベクトルと余接ベクトルの多重線形な組み合わせです。
定義 テンソル・テンソル場
点 p での (r,s) 型テンソルとは、r 個の余接ベクトル Tp∗M と s 個の接ベクトル TpM を受け取り数を返す
多重線形写像。各点になめらかにテンソルを割り当てたものがテンソル場。(1,0) 型はベクトル場、
(0,1) 型は余接ベクトル場(1 形式)、(0,2) 型対称テンソルは計量(リーマン幾何)。
テンソルは「複数の方向を入れると数が出る、各引数について線形な箱」。座標では上つき・下つき添字の並びで表され
(第4章の反変・共変)、座標変換でヤコビ行列の積で変換します。この変換則を満たすことが「テンソルで
ある」ことの本質で、座標に依らない幾何的な量を成分で扱えます。テンソルの積がテンソル積です。
定義 テンソル積
テンソル S,T のテンソル積 S⊗T は、引数を分けて S と T に渡し掛け合わせたテンソル。dxi⊗dxj、
∂i⊗∂j 等が基底。(r,s) 型テンソル全体は TM,T∗M のテンソル積空間。
交代テンソルと微分形式
テンソルのうち、引数を入れ替えると符号が変わる(交代的・反対称)ものが微分形式です。行列式の
交代性を思い出してください。
定義 k 形式
k 個の接ベクトルを受け取り、任意の2つを入れ替えると符号が変わる(交代的)多重線形写像をk 形式
(k 次微分形式)という。各点になめらかに割り当てたものが k 次微分形式場。0 形式=関数、1 形式=余接ベクトル場、
n 形式(n=dimM)が積分される量。k 形式全体を Ωk(M) と書く。
交代性がなぜ重要か。それは向きと符号つきの体積を測るからです。2 ベクトルが張る平行四辺形の符号つき面積
(行列式)は、2 ベクトルを入れ替えると符号が反転する——まさに交代的。だから交代テンソル=
微分形式が、向きを込めた積分の自然な対象になります。k 形式どうしを掛けて階数を上げるのがウェッジ積です。
ウェッジ積と外積代数
定義 ウェッジ積
p 形式 α と q 形式 β のウェッジ積 α∧β((p+q) 形式)を、テンソル積を反対称化して定める。
性質:結合的、双線形、そして次数つき反可換
α∧β=(−1)pqβ∧α.
特に 1 形式どうしは dxi∧dxj=−dxj∧dxi、ゆえ dxi∧dxi=0。
ウェッジ積の核心は dxi∧dxi=0(同じものを掛けると消える)と反可換性。これは行列式が同じ列で 0に
なるのと同じ交代性です。この積で、微分形式全体は外積代数 Ω∗(M)=⨁kΩk(M) という次数つき環になります。
定理 k 形式の基底と次元
n 次元多様体で、k 形式はチャートの座標を用いて
ω=∑i1<⋯<ikai1⋯ik(x)dxi1∧⋯∧dxik
と一意に書ける。Ωpk の次元は (kn)。特に n 形式は 1 次元(dx1∧⋯∧dxn の定数倍)で、k>n なら 0。
例 微分形式の例
- R3 で:0 形式 f、1 形式 Pdx+Qdy+Rdz(ベクトル場に対応)、2 形式
Ady∧dz+Bdz∧dx+Cdx∧dy(面素、流束)、3 形式 fdx∧dy∧dz(体積)。
- 1 形式は「線積分される量」:∫γω=∫γ(Pdx+Qdy)(微積分の線積分)。
- n 形式は「体積形式」:n 次元多様体で積分される(第9章)。
R3 では、0,1,2,3 形式がベクトル解析の「スカラー場・ベクトル場(線積分用)・ベクトル場(面積分用)・
スカラー場(体積用)」に対応します。微分形式は、これらを統一的に扱う言語——次章の外微分 d が、勾配・回転・
発散を一つの操作にまとめ、ストークスの定理が積分定理を一つに統一します。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 微分形式=交代的(反対称)テンソル。 引数を入れ替えると符号反転。行列式の交代性の精神。だから向き・符号つき体積を測る。
- dxi∧dxi=0、α∧β=(−1)pqβ∧α。 ウェッジは反可換。同じものは消える。k>n の形式は 0。
- 1 形式と(計量ある)ベクトル場は似て非なる。 1 形式は「積分される量・共変」、ベクトル場は「反変」。計量があると同一視できる(添字の上げ下げ)が、多様体一般では別物。
- R3 の 0,1,2,3 形式がベクトル解析の各対象。 微分形式はそれらの統一言語。
この章のまとめ
- テンソルは多重線形な量(座標変換で正しく変わる)、テンソル場は各点への割り当て。テンソル積 ⊗ で組み合わせる。ベクトル場・1 形式・計量がテンソル場。
- 微分形式 = 交代的(反対称)テンソル場。k 形式 Ωk、次元 (kn)。交代性が向きつき体積を測る(行列式の精神)。
- ウェッジ積 ∧(反可換、dxi∧dxi=0)で外積代数 Ω∗(M)。R3 の 0,1,2,3 形式がベクトル解析の各対象を統一。
次章は、微分形式を微分する操作——外微分を導入し、d2=0 を確立します。