第11章 ド・ラームコホモロジー
微分形式が、空間の穴を教える
第8章で「完全形式は必ず閉形式だが、逆は空間に穴があると崩れる」と見ました。この閉/完全のずれが、
実は多様体の穴の構造を捉えている——それがド・ラームコホモロジーです。微分形式という解析的な対象が、
位相幾何の穴という位相的な情報を検出するのです。
最も鮮やかな例は複素解析でした。穴あき平面 R2∖{0} で、1 形式 x2+y2−ydx+xdy(=dθ)は
閉形式(dω=0)なのに完全でない(大域的な角度 θ が多価だから)。この「閉だが完全でない
1 形式が 1 つある」ことが、「R2∖{0} には穴が 1 つある」を教える。ド・ラームコホモロジーは、この
検出を全次元で系統化します。ホモロジーがサイクル/境界のずれで穴を数えたのと双対に、
コホモロジーは閉形式/完全形式のずれで穴を数える。そして両者が一致する(次章のド・ラームの定理)——
解析と位相が完全に出会う、この分野のクライマックスへの入口です。
ド・ラームコホモロジー HdRk=kerd/imd(閉形式/完全形式)。微分形式が位相の穴を検出する。
ド・ラームコホモロジー
定義 ド・ラームコホモロジー
d2=0(第8章)より im(d:Ωk−1→Ωk)⊆ker(d:Ωk→Ωk+1)。商
HdRk(M)=im(d:Ωk−1→Ωk)ker(d:Ωk→Ωk+1)=完全 k 形式閉 k 形式
をド・ラームコホモロジー群という(実ベクトル空間)。
「閉形式を完全形式で割る」——d2=0 が im⊆ker を保証し(外微分が鎖複体をなす)、
その商が定義できる。HdRk の元は「閉だが完全でない形式」の同値類で、k 次元の穴を表します。次数を
上げる d のコホモロジーなので、これは微分形式で作ったコホモロジーです。基本的な計算は、
0 次から始まります。
命題 H⁰ は連結成分
HdR0(M)=ker(d:Ω0→Ω1)={df=0 の関数}={局所定数関数}≅R(連結成分数)。
df=0 の関数は各連結成分で定数——だから H0 は連結成分の数を数えます(ホモロジーの
H0 と同じ)。高次の Hk を計算する鍵が、次のポアンカレの補題です。
ポアンカレの補題
「穴の無い(可縮な)空間では、閉形式は必ず完全」——これがポアンカレの補題です。第8章の「逆は穴があると
崩れる」の、裏返しの正確な形。
定理 ポアンカレの補題
可縮な多様体(例:Rn、星型領域)では、k≥1 の閉形式はすべて完全。すなわち
HdRk(Rn)={R0(k=0)(k≥1).
一般に閉形式は局所的には完全(各点の近傍で ω=dη)。
証明
(要点。)Rn 上で、0 へ縮めるホモトピーを使い、閉形式 ω(dω=0)に対し ω=d(Kω) となる作用素
(ホモトピー作用素 K)を明示的に構成する:dK+Kd=id(コホモロジーレベルで恒等が 0 に)。dω=0 なら
ω=dKω、完全。この K は径数 t に沿った積分で書ける。∎
∎
「可縮な空間には穴が無いから、閉形式は必ず完全(Hk=0、k≥1)」。ベクトル解析で「単連結領域では
rotF=0 ⇒ 保存場(ポテンシャルが存在)」と言ったのは、まさにこのポアンカレの補題
(1 形式が閉ならポテンシャル f で ω=df)です。局所的にはいつでも完全——大域的な障害が穴を表します。
そして、この HdRk が位相不変であることが、ホモトピー不変性から出ます。
ホモトピー不変性
定理 ド・ラームコホモロジーのホモトピー不変性
なめらかな写像 f:M→N は引き戻し f∗ で線形写像 f∗:HdRk(N)→HdRk(M) を誘導し
(f∗ が d と可換だから)、f≃g(ホモトピック)なら f∗=g∗。ゆえ M≃N(ホモトピー同値)なら
HdRk(M)≅HdRk(N)。
証明
引き戻しが d と可換ゆえ f∗ はコホモロジーを誘導。ホモトピー H からホモトピー作用素 K(dK+Kd=g∗−f∗)を
作ると、コホモロジーで f∗=g∗(位相幾何のホモトピー不変性の証明と同型の議論)。∎
∎
「微分形式で作ったコホモロジーが、ホモトピー同値で不変」——だから HdRk は位相不変量です。可縮なら
Hk=0(k≥1、ポアンカレの補題)、変位レトラクトで単純化して計算できる。証明の構造は
位相幾何のホモロジーのホモトピー不変性(鎖ホモトピー ∂P+P∂)と完全に平行——
∂ が d に、鎖が形式に置き換わっただけ。解析(微分形式)と位相(ホモロジー)が同じ機械で動いていることが
見えてきます。次章で、この平行が「同型」にまで高まります。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- HdRk = 閉形式/完全形式。 「閉だが完全でない」形式が穴を検出。d2=0 が商を可能にする。実ベクトル空間。
- ポアンカレの補題:可縮なら閉 ⇒ 完全。 局所的には常に完全。大域的な障害(穴)が Hk=0。「rot=0 ⇒ 保存場」の一般化。
- H0 = 連結成分の数(ホモロジー H0 と同じ)。局所定数関数。
- ホモトピー不変(位相不変量)。 微分構造で作ったのに、位相(ホモトピー型)だけで決まる——次章のド・ラームの定理の伏線。
この章のまとめ
- ド・ラームコホモロジー HdRk=kerd/imd(閉形式/完全形式、d2=0 が保証)。微分形式が位相の穴を検出する。H0 = 連結成分。
- ポアンカレの補題:可縮な空間では閉形式は完全(Hk=0、k≥1)。局所的には常に完全——「rot=0 ⇒ 保存場」の一般化。ホモトピー作用素 dK+Kd=id。
- ホモトピー不変性:M≃N なら HdRk 同型。位相不変量。証明は位相幾何のホモロジーと平行(∂↔d)。
最終章は、この平行が同型になる——ド・ラームの定理と具体的な計算で分野を締めくくります。