第12章 計算とド・ラームの定理
微分形式のコホモロジーは、位相のコホモロジーと同じだった
前章でド・ラームコホモロジー ——微分形式で作った不変量——を定義しました。それがホモトピー不変 (位相だけで決まる)と分かった時点で、驚くべき予感が生まれます。この解析的な不変量は、位相幾何で作った 特異コホモロジーと、実は同じものではないか?
その通りです。ド・ラームの定理————が、両者の完全な一致を保証します。 「微分方程式を解いて閉形式を調べる(解析)」ことと、「三角形を貼って穴を数える(位相)」ことが、同じ答えを出す。 微分幾何と位相幾何が一つになる、数学で最も美しい定理の一つです。この章では、具体的な 計算(球面・トーラス)でド・ラームコホモロジーを求め、ド・ラームの定理を述べ、そして多様体論という分野が 微積分・線形代数・位相幾何を統合して何を成し遂げたかを俯瞰して、 締めくくります。
ド・ラームの定理 。微分形式(解析)と特異コホモロジー(位相)が一致する。
マイヤー–ヴィートリスと計算
ド・ラームコホモロジーにも、位相幾何と同じ計算道具があります。
定理 ド・ラームのマイヤー–ヴィートリス系列
(開集合)に対し、長完全系列 が存在する(形式を に制限し差をとる、 の分割で連結準同型を作る)。
位相幾何のマイヤー–ヴィートリスとまったく同じ形( のファン・カンペンにも 対応)。これで球面のコホモロジーが計算できます。
例 球面とトーラスのド・ラームコホモロジー
計算結果は、位相幾何のホモロジー・コホモロジーと(実係数で)ぴったり一致します。 は で 、 は ——ベッチ数そのもの。これが偶然でないことを保証するのが ド・ラームの定理です。
ド・ラームの定理
定理 ド・ラームの定理
なめらかな多様体 について、積分によるペアリング が、自然な環同型 を与える(左辺は微分形式のコホモロジー、右辺は実係数特異コホモロジー)。ウェッジ積 が カップ積 に対応する。
同型を与えるのは積分 ——閉形式 をサイクル の上で積分した値。ストークスの 定理より、この値は を完全形式ずらしても、 を境界ずらしても変わらない()。 だから「閉形式の類」と「サイクルの類」のペアリングが well-defined で、それが同型を与える。「微分形式を サイクルの上で積分する」という解析の操作が、位相のコホモロジーと微分幾何のコホモロジーを結ぶ橋なのです。
注意 ド・ラームの定理が意味すること
は微分方程式 (解析)で定義され、 は三角形分割(位相)で定義される。全く違う 出発点なのに同じ答え——「多様体の穴は、微分形式で調べても三角形で調べても同じ」。 は「閉だが完全でない 形式がある」(解析)=「縮まないループがある」(位相)。 の生成元=体積形式の積分が写像度を 与える。解析・幾何・位相が、この定理で一つに縫い合わされる。
分野の全景:多様体論が統合したもの
多様体論は、これまでの分野を統合する“交差点”でした。締めくくりに、その全景を俯瞰します。
注意 多様体論が結んだ糸
- 微積分:偏微分・全微分が接空間・微分 へ、ベクトル解析の と積分定理が外微分 とストークスの定理 へ。
- 線形代数:双対空間・多重線形・行列式がテンソル・微分形式へ。階数がはめ込み・沈め込みへ。
- 集合と位相:位相空間に微分構造を載せた。ウリゾーンの補題が の分割へ。
- 微分方程式:ベクトル場の流れ=ODEの解。フロベニウスが可積分条件。
- 位相幾何:ド・ラームコホモロジー=特異コホモロジー。ポアンカレ–ホップ=毛玉の定理。
- 先へ:リーマン幾何(計量・曲率)、微分幾何(ガウス–ボンネ:曲率の積分=χ)、リー群、複素幾何、シンプレクティック幾何、一般相対論。
「曲がった空間の上で微積分をやり直す」という素朴な出発点から、( の抽象化)を 核に、接空間・微分形式・ストークスの定理・ド・ラームコホモロジーという壮大な体系が育ちました。そして ストークスの定理 が、 次元の微積分の基本定理から高次元の全積分定理までを 一つに束ね、ド・ラームの定理が解析と位相を縫い合わせる。多様体は、現代幾何のすべてが出会う舞台なのです。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
この章のまとめ
- マイヤー–ヴィートリス系列(位相幾何と同じ)で計算:()、 は 。生成元は体積形式・角度形式(閉だが完全でない)。
- ド・ラームの定理 (積分 が同型、ストークスで well-defined、ウェッジ ↔ カップ)。微分形式(解析)と特異コホモロジー(位相)の一致。
- 多様体論は微積分・線形代数・位相幾何・微分方程式を統合し、リーマン幾何・微分幾何・リー群へ続く現代幾何の舞台。
これで多様体論は一区切りです。チャートとアトラスから始め、接空間・ベクトル場・微分形式・ストークスの定理・ ド・ラームコホモロジーと辿り、「曲がった空間の上で微積分をやり直す」壮大な体系を組み上げました。ここで培った 接空間・微分形式・コホモロジーの視点は、リーマン幾何学・微分幾何学・リー群・ 複素幾何へと受け継がれていきます。おつかれさまでした。